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「ハシシタ 奴の本性」
最近話題になっている、週刊朝日「ハシシタ 奴の本性」。橋下徹の執拗な攻撃のためか、連載中止、週刊朝日編集長の謝罪文と親会社朝日新聞社の謝罪コメント発表ということになっている。なさけない、マスコミ連中である。連載記事が人権侵害で不当な差別表現で優生思想だと橋下が主張していること(どこの記述がそうなの?と思う)については、ネットでは、上原善広(http://u-yosihiro.at.webry.info/201210/article_8.html)や橘玲(http://www.tachibana-akira.com/2012/10/5036)らが橋下の主張の根拠の無さを解説し、連載中止はおかしい(続けるべきだ)、と書いている。

僕も、「ハシシタ 奴の本性」を読んだ。これまで、彼の口から、あるいは各種メディアで書かれてきた内容を下品にあるいは挑発的に書き直しているにすぎない内容で、公人に対しての人権侵害を声高に主張できるような内容ではない。橋下(はしもと)の旧呼称が「はしした」であり、実父(そだての親ではない)が同和地区出身でやくざ組織に籍があって全身刺青入れまくりで自殺しただとか、親戚に殺人者が居ただとかいうのは、以前から、橋下自身が聞かれれば否定せずに答えてきた事実なのであって、「俺が言うのはいいがアサヒが書くのは許さん」というのは全くの横暴であり、「今後、朝日新聞の質問には答えない」と取材拒否宣言したのは、権力者としての特定メディアに対する不当な差別以外の何ものでもない。

実は、朝日新聞に対しては「光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件」(1999年)の件で怨念があり(古い話なのに未だに強い怨念を保持し続けている)、先日の記者会見でも朝日新聞の記者にこの件で執拗に社としての考え方を答えろ答えろと要求して圧力をかけていた。つまり、彼は、朝日新聞への報復を今でも執拗に狙っているのである。だから、他のメディアが同様のことを書いてもここまで攻撃はしないのである。自分には無罪判決が出たのだから、朝日新聞は謝罪しろ(10年以上も前の件について)、というのが彼の言いぶんである。しかし、ちょっと調べてみると

「橋下の発言が配慮を欠いた軽率な行為だったこと及び弁護団が橋下の発言及びそれによる懲戒請求によって一定の負担を余儀なくされたことを認定したが、発言の態様、発言の趣旨、弁護士会の懲戒請求の処理が一括で終えた事、原告らの弁護人としての社会的立場等を考慮し、原告の受忍限度の範囲を越えないものとした」(http://ja.wikipedia.org/wiki/光市母子殺害事件弁護団懲戒請求事件)

ということで、橋下のやったことは受忍限度内なので賠償は必要ないが「橋下の発言が配慮を欠いた軽率な行為だったこと及び弁護団が橋下の発言及びそれによる懲戒請求によって一定の負担を余儀なくされたこと」を最高裁は認定しているわけで、これでもって謝罪しろ、というのは甚だ厚かましい。無罪という一点だけを持ち出して謝罪要求してるだけなのである。判決の中身はどうでもいいのである。全く持って子供である。確かに橋下にとっても迷惑だっただろうが、原告の弁護団にとっても橋下がやったことは迷惑だったというのが最高裁判所の認定である。

橋下のエキセントリックな反応をみると、やはり自分の実父のことは書いて欲しくないのである。自分の子供や孫への影響を考えて欲しいなどと一見殊勝なことを彼は言うが、実父の出自や身なりや職業が子供や孫へ影響すると彼が思っているとすれば、非常に遅れた考えであり、それこそ身分思想、差別思想そのものである。父親やおじいちゃんがどうであれ、俺は俺、お前はお前だと諭すのが普通である。出自で何を書かれても気にすんな(事実じゃなければ訂正させる)、と言うのがまともな大人の対応である。ましてや、彼は、政治家で総理大臣を目指していると見られいる男なのである。出自を暴かれるのは覚悟すべきである。それに負けない耐性を橋下一家は身に付けなければならない(総理大臣一家というのはこれまでもこれからもそういうものである)。あんなん雑魚が言っていること、無視して気にすんな、となぜスルーできないのだろうか。こういう彼の特異な体質というか感覚がいかにして形成されたか、なんていうのはノンフェクションの良い題材になりうると思う。

僕も、橋下の刺青に対しての異様な拒絶反応を見て、これはなんかあるなあと思っていたが、ほとんど同居したことは無いとはいえ、父親が全身刺青でヤクザだったことの影響はあるだろうと普通の人は思うだろう。そういう普通の人の感覚を刺激しつつ佐野眞一は記事を挑発的に書きたかったのだと思う。まんまと橋下はその挑発に乗ってきたわけで、さあ戦いはこれからだ、と思ってたところ、質問拒否だと今後の取材活動がやりにくいと思った親会社の朝日新聞社が圧力かけて子会社編集長に謝らせて試合場から自ら撤収したというのが、今回の一件なのだろう。なんだが、くだらなくて、なさけない。

ところで、橋下の実父の顔はキューピー人形の顔に似ていたそうで、キューピーを由来とするあだ名で周囲から呼ばれていたそうである。当該「週刊朝日」の表紙は目玉記事連載開始号なので、当然、橋下徹の顔写真が大きく印刷してある。目がくりっとして、ああ、なるほど、キューピーに似てるわあ、と思わせる写真が選んである。編集部がノリノリノリピーだったことがうかがえる写真で面白い。

週刊朝日「ハシシタ 奴の本性」
| tomokazu2006 | 21:53 | - | - |
成功体験の本
ナマケモノという動物がいる。見てると動作がのろくて枝にぶら下がったまま寝てばっかりで確かになまけものである。この動物は、なまけものだからと言って迫害されたり殺されたりはしない。危害を加えるようには見えないからであろう。ひるがえって、人間社会だ。人間社会にもなまけものはいつの時代にも居たが、おうおうにして白眼視されてきた。いじめられたり、危害を加えられたりもした。この数十年、マイノリティーの地位向上が世界的な傾向である。人類史的な人権意識の高まりが根拠になっているように思う。もちろん、なまけものにも長い歴史と当たり前の人権があるので、なまけものの地位向上、人権的にフォーカスを当てる時代になったのかと思う。

なまけものとは生産をしない人のことである。生産とは何か?生産についての精緻な探究で有名なマルクスに拠れば、生産には生産関係が前提だそうだ。生産関係とは生産する際の人と人との関係で、生産する人、その生産物を受け取る人、その他、生産に関与する人との関係のことである。マルクスが生産関係を研究した100年以上の昔には、情報伝達技術なるものは今ほど発達してなかったので生産における情報の重要性について多くは著述されてはいないのだが、マルクスの言う生産関係は現代おいては「生産における関係と情報」に敷衍したほうがいいだろう。すなわち、生産には関係あるいは情報が不可欠のものとなる。

世界があっと驚く創作物でもいいし、戦争が無くなる世界初の仕組みでもいいのだが、なまけものが引きこもってそういう画期的な生産品を創造あるいは考案していたとする。自室でも無人島でもいいが、没交渉の世界でちまちま生産活動していたのである(大半は寝ていたのかもしれないが)。なまけものはなまけもので社会とは没交渉であるがゆえ、彼の生産情報が外に出ることが無い。周囲は、また寝てるんだろうくらいにしか思っていない。しかし、その生産情報が流出することで無が有となる。情報が伝わることによって、それまで誰一人として気付くことのなかった生産と生産関係が現実となるのである。

いや、そんなだいそれた生産物でなくてもよい。もっと貨幣価値の低い生産物でも良い。生産情報が伝わった瞬間になまけものは「少し生産できる」なまけものに成長する。なまけものというマイノリティーが日の目を見たのは、マルクスの時代に比べて甚大な情報伝達技術の発達、たとえばインターネットの世界的規模での発達に拠ること多しである。

a.「ニートの歩き方――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法」pha(技術評論社 2012/8/3 ¥1,659)

彼曰く「先週金曜に「ニートの歩き方」が無事発売されました。なんとか500万部くらい売れて一生印税ニートで暮らせないだろうか……。」(http://d.hatena.ne.jp/pha/)

ということで、大金持ちになって後は働かずして楽して生きたい、という願望をお持ちのかたなんですよね。とりあえず煩悩と我欲は持ってらっしゃる。欲を持たないなまけものというのは病気系でやっかいなんだが、人間欲さえあれば、生活欲もわいてくる、生産欲もわいてくる。

b.「独立国家のつくりかた」坂口恭平(講談社現代新書2155 2012/5/18)¥798
c.「社会を変えるには」小熊英二(講談社現代新書2168 2012/8/17)¥1,365

夏休みに何冊かの本を拾い読みした。僕はこうやって成功した、大金持ちになった、希望をかなえた、楽になった、はかどった、健康になった…、というような成功体験本が多いが、俺(自分)と君(著者)は違うし、君が成功したからと言って、同じことやって俺が成功するはずもないし、君と育ちも境遇も違う俺が同じことができるはずもないし、ということで、そういう自慢話の本を読んでもこっちは萎えるばかりなんだよね。だから、成功本は読んでも面白くなく無駄な感じがする。

aもbも自慢話系、言ってみれば成功本であるが、ちょっと違うのは到達点というか達成内容のレベルが非常に低いということだ。「そんなん俺とっくに達成しているし」ってことなんだよね。もちろん、著者は成功本としては読んで欲しくないだろう。違った生き方本として読んでほしいのだろう。その気持ちは分かる。

同時に読んでるcには、いろいろ有用なことが書いてあって考えされる。こんなことが書いてある。p.492。

文句は言うけど、実際の対話や活動はやらないという人が居る。そういう人は、そもそも社会生活に向いてない気がする、とちょこっと皮肉をかました後に(小熊らしい)、そういう人は「ほとんどの社会に」居る、と書く。リーダーやまとめ役や知恵者や働き番がいる一方で、「すね者、余計者」が居る。全員がリーダー的であるとか、すね者が根絶されるとかの集団はないようだ。どの集団でも「自然とそういう役割ができていたりするのをみると、人間はそういう役割がそろった社会しか作れないのかもしれません。そうであれば、昨日のリーダーも今日は活動していないかもしれませんし、今日のすね者も明日は熱心な活動家かもしれません。危機のときに、意外な力をみせて全体を救うが、ふだんは役立たない余計者だったりします。ある方向に向けて効率化し、無駄や異論をすべて切った組織は、環境の変化や想定外の事態にきわめて弱いことは、組織論では常識です。究極論ではありますが、世の中に「むだな人間」はいません。」と。

「危機のときに、意外な力をみせて全体を救うのが、ふだんは役立たない余計者だったり」というのは、まずありえない。意外な力をみせるのはありがちだろう。だって、普段はなまけものなんだから、彼がまれに繰り出すちょっとな力が「意外」に見えるは当然だ。ここで小熊が言いたいのはそんな瑣末な表現上のことではなく、組織や集団ひいては社会をうまく維持するには、無駄や異論を切ったり封じ込めたりせず、常に受け入れておく余裕が必要なのでありそのゆとりが危機から救ってくれる、という当然な内容であろう。リスクを減らすには、ぎりぎりじゃなくて余白を残しておけということなのだ。で、その社会つまり人間集団の余白にすね者、余計者、なまけ者が存在しているのである。

すね者、余計者、なまけ者になるのは簡単だ。現場に行って食って寝てればいい(たまに文句の一つでもくれてやれ)。さて、すね者、余計者、なまけ者がマイノリティーからメジャーになるそんな楽しい時代がやってくるのだろうか? 昨今は、インターネットのせいだかなんだか知らないが、これまで隠遁していた、すね者、余計者、なまけ者がローカルな各所で目立ってきている。他のマイノリティーと同じ様相のよう見えるのだ。

cは、沢山のことが書いてあるが、デモの有用性を説くのもその中の一つ。原発に反対するデモの有用性である。1950年代60年代にあれほど日本を席巻した政治デモが下火となって久しいが、昨今は、東京を中心に反原発デモが盛り上がっているとのこと。デモというのは体制へのレジスタンスとして典型的なものだが、以前にふれたサイレントレジスタンス、これ、「働かない」つまり「サボータジュ」ということで反体制の意思表示と僕は見ているのだがいかがだろうか。もちろん、なまけ者の本人は「そんなつもりはねーし」と思っているのだろう。しかし、社会的事象というのは当人の意思とは独立して「そう解釈できる」ものなのだ。要するに、当人は分かってないだけ、気付いてないだけ、というやつである。

小熊が「今のデモ」を語る時、従来型の組織的デモ(組織集中型)でうまくゆかなかったところを指摘しつつこうやればいい、と提案している(p.484)。要するに自由分散型のデモがいいという提案かなと理解する。自由分散型のレジスタンス、それはサイレントレジスタンスとも共鳴できるのはないかと思う
| tomokazu2006 | 22:28 | - | - |
なぜ落ちまくるのか
何年か前から、採用試験で30社落ちたとか50社落ちたとかいう話を聞く。まあ、これは、話がおおげさだとは思うが、10社程度落ちまくるのは普通らしい。その上、採用されなくて、非正規雇用(バイトやフリーター)で食いつなぐ若者が増えている、という記事は沢山読んできた。落ちまくるのは何故だろうというのは感じていて、

不況だから…

という客観要件で理解するのは、なんかあまりにも皮相ではあるんで、しばらく考えていた。

海老原嗣生
http://nikkan-spa.jp/56631
名だたる人気大手企業の新卒採用枠は2万人程度なのに対して、東大・京大・旧帝大・早慶の卒業生は4万人近くいる。席取りゲームはブランド大学だけで埋まってしまう、というシビアな現実に早く気づくべきなのだ。

つまり、一流大学じゃない卒業生は、人気大手企業(競争率が高い)を受けても合格することはほとんどない、ということだ。不合格を減らしたければ、身の丈に合った企業を受けてさっさと合格しましょう、ということだろう。当然だな。で、新卒で身の丈企業に入社し、キャリアを磨きながら本命企業へ再挑戦すべし、ということだ。キャリアを磨けば、新卒一流大学生とも互角以上に戦える、中途採用への道が拓かれるということ。

就活学生や転職者の目を、いかに元気な中小企業に向かせるか?コトの本質はそこなのに、やれ「新卒一括採用が悪い」とか「フリーターになったらやり直しがきかない」とか「若者を搾取する中高年のせいだ」などと、わけのわからない議論が事態を悪化させている、と海老原氏は怒る。しかも厚労省が打ち出した「卒業後3年は新卒扱いにせよ」という施策は、実は若者の首を絞める最悪の選択だ、と海老原氏。

これは、既卒社会人と新卒大学生が戦って実力勝負なら、社会人が勝って、新卒の就職難はさらひどくなるんで、「新卒一括採用」枠は残しておけ、という海老原の理屈。

『就職、絶望期 〜「若者はかわいそう」論の失敗』(海老原嗣生 扶桑社新書)


1「終身雇用は崩れた」
2「成果主義が日本の労働環境を変える」
3「派遣が増えて正社員が減った」
そう信じて疑ってこなかった人が大半なのではないだろうか?

『雇用の常識「本当に見えるウソ」』へのアマゾンのレビーからである。

1の終身雇用というのは、終身というのはおおげさで実は数十年レベルの長期雇用という意味だが、もともと、数十年間に渡って甘い汁が吸えるのは今も昔もごく一部の被雇用者である。安定大企業と公務員に比較的多く見かける身分ではあるが、そこにもメスを入れたいという財界のちんけな意図が見え見え。崩れた崩れたと騒いで、本当に0にしてしまおうという魂胆。そのくせ甘い汁を吸うのはこれからは俺たちだけで…というこれまたちんけで強欲な意図が見え見え。

2は、人事考課制度を変えて賃金総額を減らそうという財界の企み。賃金が増える人より、増えない人と減らす人を多くするのが「成果主義人事考課」の要諦。売上増が望めない中、人件費を減らせば利益が確保できるという経済の理りを実践する財界なのである。

3、これは、同じ仕事をさせても、正規社員より非正規社員のほうがコストが安くなり、繁閑にも対応しやすいという、財界都合による政策。

ということで、「信じる」もなにも、大企業を先頭を1と2と3を猛烈に推進してきた、というのがこのところの現実ではある。内容が内容だけに、推進しようとしても抵抗や妨害も多いので、いろんなところでガチャガチャになってはいるけど、こういった経済合理性による賃金・人事制度を浸透させてる企業や組織が無いこともなく、まあ、そんな会社では働きたくないなあ、というところ。
| tomokazu2006 | 21:31 | - | - |
世界の富の総体は増えているのか?
「お金を儲ける事を遠慮してしまう。自分が得をするとどこかの誰かが損をしていると感じてしまう」とのお悩みに対し、「あなたがお金を儲けることで世界の富は増えてゆく」という回答が「ベストアンサー」に選ばれてた。回答は、言いえて巧妙であり、うーむ、と考えてしまった。回答を要約すると、こうだ。今、1万円札があって、その1万円であなたが買い物をすれば、あなたの買った物(1万円と同等)と、売った人の手元に1万円札が残るので、合計2万円の富となり、つまり、お金を使うことで、1万円が2万円になっていき、この売買を繰り返すことで、富が増えてゆく、という説明である。1万円札と交換する商品は、売った人が調達(創造)したものとしている。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1165573141

質問者の「自分が得をすると誰かが損をする」というのは、「ゼロサム」と言って「プラスとマイナスを足してゼロ」という現象で、株式市場を「しょせんゼロサムゲーム」でしょ、と言う人もいる。博打がゼロサムゲームの典型だ、と言う人もいる。この世の経済活動が「しょせんゼロサム」なのであれば、質問者の「自分が得をすると誰かが損をする」は真であり、経済活動ひいては人間としての活動のインセンティブが減退する要因の一つにはなるかと思う。

一方、回答者の説明は、労働(人間の活動)が価値を生み出す(富を創造する)、ということを単純化して表現している。つまり、あなたが、報酬をもらう(お金を儲ける)活動すなわち労働を行ない、実際に報酬を受け取り、そのお金で買い物することで、経済が活性化し世界の富が増える、ということであり、そう考えれば、経済活動ひいては人間としての活動のインセンティブが維持されることになる、という理屈である。

前者(ゼロサムとかマイナスとか)をスタンスA、後者(プラス成長志向)をスタンスBとしよう。Aはネガティブでありマイナス思考・志向であり悲観論である。Bは楽観論であり、世界や人類は進歩しているぞ、みたいな考え方や立場や見立てである。

近年の日本では、成長神話が崩壊し、右肩上がりの前提が否定され、低成長あるいはマイナス成長でも生き残れる戦略がはやってる、という状況なので、Bは肩身が狭く、おおっぴらに言いにくい空気というか雰囲気がある。さらに、最近は、3.11震災後の節電要請もあって、世相は暗く、A的なものに陥る人が多い。あるいは、AとBのどちらが「正しい」のかとか「真」なのかとか、真剣にまじめに、予想や研究している人も少なくない。まあ、周囲の空気に巻かれるのもしかたないし、学究してみるのも一興ではあろう。

巻かれたり流されるんでなくて自立したい人や、そんな予想や研究の時間も暇も趣味も持ち合わせてない人は、まあ、勘に任せるかなんかで、AかBを決断して行動しているのが日常でしょう。

とりあえず、それで、いんじゃないでしょうか、いわゆる自己責任というやつで。
| tomokazu2006 | 21:08 | - | - |
2000本安打への試合数
小笠原道大(おがさわら みちひろ 37)が、今日の試合でヒットを打って2000本に到達したとのニュース。「史上4位のスピード達成」と書いてある。1位川上、長島、張本に続いての4位だそうだ。ふーん、と思いつつも、イチローは?王は?榎本は?と思って調べてみる。

1 イチロー1465試合 30歳7ヵ月
2 川上哲治 1646試合 36歳2ヵ月
3 長嶋茂雄 1708試合 35歳3ヵ月
4 松井稼頭央 1720試合 33歳9ヵ月
5 張本勲 1733試合 32歳2ヵ月
6 小笠原道大 1736試合 37歳6ヵ月
7 若松勉 1757試合 38歳5ヵ月
8 福本豊 1790試合 35歳8ヵ月
9 松井秀喜 1822試合 32歳10ヵ月
10 榎本喜八 1830試合 31歳7ヵ月
11 谷沢健一 1835試合 38歳1ヵ月
12 石井琢朗 1839試合 35歳8ヵ月
13 落合博満 1849試合 41歳4ヵ月
14 立浪和義 1874試合 33歳11ヵ月
15 藤田平 1875試合 35歳6ヵ月

大リーグ組は、MLBとNPBの通算数である。達成スピード的には大リーグ組の松井が意外と上位なのだった。たしかに、安打数でいえば、大リーグ組が有利だと思う。試合数が同でも、打数やら試合スタイル(敬遠とか四球とか)やら引き分けが無いとか「数を打てるときに打てる」(年間試合数が多い)とか、まあ、大リーグ組が有利という要素はいくつかある。

ところで、上記のランキングに王貞治が入っていない。

王貞治 2019試合 34歳2ヵ月

だということだった。彼は、1000本までの打率が低かったからなあ。若かりし頃、心無いファンから「三振王」と侮辱された時もあったと聞く。さらに、もともと、このランキングには、王のような、いわゆる「ホームランバッター」は少ない(松井と落合…)。四球や三振が多いからだと思われる。そして、3番4番を打つバッターは、イチロー・若松・福本らの1番固定バッターにくらべて、1試合あたりの打数が少ない(なので試合数的に不利)。

それにしても、イチローが年齢・試合数ともに突出しているのが目立つ。彼は、四死球や三振になる前に打っちゃう(凡打も多い)選手だからねぇ。
| tomokazu2006 | 23:29 | - | - |
現代日本の身分制度
正社員とか公務員というのが身分になっていて、つまり、ステイタスとして流動化せずに固定化してるんで、新規な枠が相対的に狭く、とりわけ若者がなかなか大企業正社員や鉄板公務員に新規参入できない、という指摘がある。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011020100164
「日ごろからロック未確認」=社員も把握、安全意識不足か−東京ドームを家宅捜索
東京都文京区の東京ドームシティアトラクションズで、コースターから羽村市の会社員倉野内史明さん(34)が転落し、死亡した事故で、安全バーのロック確認を担当していた女性アルバイトが警視庁の事情聴取に「日ごろから手で確認していなかった」と説明していることが1日、捜査関係者への取材で分かった。近くの管理室にいた女性契約社員もロックの未確認を把握していたとみられ、同庁捜査1課は安全意識が不足していたとみて、指導体制などの実態を調べる。同課は同日、業務上過失致死容疑で、運営会社「東京ドーム」(文京区)とコースター納入元「インタミン・ジャパン」(杉並区)を家宅捜索した。(2011/02/01)

この、社員、会社員、アルバイト、契約社員、という用語の使いわけは何だろうか?とりわけ、死亡事故を出した管理会社に対する「アルバイト」「契約社員」という書き分けだ。この記事を書いたのは、(株)時事通信社のどういう「身分」の「社員」なのか?責任者は誰なのか?なぜ、死亡事故を出した会社の社員だけ書き分けるのか?責任の所在を明らかにしたいという意図があるのか?だとすると、「アルバイト」「契約社員」を管理している「管理職」たる「正社員」に言及しないのはなぜなのか?そういう記事内容についての問い合わせには誰が答えてくれるのか?

というふうに、責任者は誰?みたいな事件が起こると、バイトちゃんにそんなこと任せちゃっていいの?みたいな雰囲気をかもし出している記事をプロの記者(実はバイトだったる?)が書いたりしているが、出しっぱなしで、この記事について誰が疑問に答えてくれるのかが、記事に無いので、記事自体が無責任感をかもし出している。

大企業正社員が労働基準法なる法律で保護されているというのはよく知られているが(法律上だけじゃなくて実際に保護されているかどうかは別の話)、調べてみると、「パートタイム労働法」とも呼ばれている法律(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)で、パートタイマーも法律的保護を得ていることがわかる。

http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/06/tp0605-1b.html
「パートタイマー」「アルバイト」「嘱託」「契約社員」「臨時社員」「準社員」など、呼び方は異なっても、この条件に当てはまる労働者であれば、「パート労働者」としてパートタイム労働法の対象となります。


労働基準法がフルタイム勤務者(所定時間労働者)を保護しており、「パートタイム労働法」がパートタイマー(短時間労働者)を保護しているわけだ。それと、労働者は、雇用契約で「期間の定め」の有り無しで、無期雇用者と有期雇用者に大別される。ということで、日本の労働者は法律的には次の4つに分類される。

1.無期雇用の所定時間労働者
2.無期雇用の短時間労働者
3.有期雇用の所定時間労働者
4.有期雇用の短時間労働者

で、ご存知のとおり、保護レベルと身分レベルは1>2>3>4の順であり、さらには、

0.創業者あるいは経営者

という最強なボスキャラ(身分)が存在している。創業者あるいは経営者というのは、実際は「有期雇用の短時間労働者」で法律的な保護もなく、実際は身分的には下層だ、とは僕の良く知る経営者の言いぶんであるが、もちろん、それはごまかしである。そもそも彼らは労働者とかサラリーマンとは別ランクの人間である。彼ら雇用する者(使用者、雇い人、経営者)と僕ら雇用される者(使用人、雇われ人、従業員)との間には高い壁や深い溝がある。

さらに、中間的な存在として、

1.5管理職
1.1名ばかり管理職

みたいな、微妙な身分も存在している。微妙とは言っても、身分ランクとしては1.5>1.1>1であることには言うまでもない(特別な場合を除く)。

なにか、下層身分同士のいがみ合いを助長するような情報には気をつけないと自分で自分の首をしめることにもなりかねないので注意しよう。
| tomokazu2006 | 22:41 | - | - |
「割り屋」が「割り屋」を割らせられるか?
逮捕した被疑者を見立て(筋書き)どおりに自白させる検察官を「割り屋」と言うそうですね。

http://www.47news.jp/CN/201009/CN2010093001000030.html
最高検は、大坪前部長がこの間、善後策を相談するために第三者と接触したり連絡を取ったりした可能性もあるとみて当日の行動を調べている。(中略)大坪前部長が動いたのは丸1日たった翌2日朝。前副部長らに「過失で処理しろ。この件は間違いだ」と指示。その後、前田容疑者に「誤って書き換えてしまった」とする経過報告書をまとめさせた。

「割り屋」の口を割らせようとしている「割り屋」な人たち、というのはマスコミ的にはこたえられないネタなんで、連日、楽しそうに報道しているウキウキな記者のみなさん、お元気でなりよりです。

割り屋の親分である大坪前部長(検察首脳)の口を割らせるのは、なかなか困難なんでしょうけど(でも割り屋の大親分が居るわけで…)、この「第三者と接触したり連絡を取ったりした可能性」を追求するというのは、自白させるセオリーの一つなんでしょうね。「第三者」っていうのは、罪に問われない「第三者」だったりするんで、当事者(大坪検事)よりは口が軽いのでしょう。

面白い。

こういう、割り屋が割り屋を自白させるってことは、真相が明らかになるばなるほど、わが身と検察という組織がやばくなっていくわけで、まあ、自浄作用って言うけど、「俺も辞任か」と思った瞬間、追及の手がゆるむっていうのはありがちですよね。ぬるい決着で手を打ちませんかになりがち。本気で真相を解明するなら、検察関係者じゃない人が捜査したほうがいいと思うけどね。辣腕弁護士さんとか冷厳裁判官さんとか敏腕新聞記者さんとか明晰犯罪小説家さんとか借り出してきてさ…。警察官が警察官を取り調べするとか、検察官が検察官に自白を迫るとか、そういう、勝手知ったる者どうし、同じ組織内メンバーどうしでの自作自演ないし自家撞着ないし茶番劇みたいなことをやっても良い仕事として成立するかどうか…。

…てなことで、「割り屋」どうしの自らの存在をかけた戦い(まあ所詮、組織防衛と保身ですが…)、どうなることやら。
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| tomokazu2006 | 21:37 | - | - |
高齢者との面接がそんなに難しいことなのか?→えっ、職員さんよ。
他に目立つニュースが無かったせいか、昨日と今日のトップニュースが、

最高齢者が、実は居なかった、死んでいた

という内容であった(夜9時10時のテレビニュース)。で、全国の市町村が確認し始めたら(テレビで騒がないと仕事を始めないということがこれで明らかとなった)、役所の記録だと存命で管轄内に居住しているはずの100歳以上のお年寄り(高齢者、老人)の中で安否や所在が確認できない人が、次から次へと出るわ出るわで…。

以前、「無縁社会〜“無縁死”3万2千人の衝撃〜」でやっていた「無縁死」とのからみで、行旅死亡人データベース(http://theoria.s284.xrea.com/corpse/)のことを書いた。当然のことながら、その観点からこの不明高齢者の件を考察した人がいるわけで、記事を書いている。

http://anond.pha11.info/archives/5159
100歳以上の老人で、余所で死んだのに失踪宣告されずに「住基データ上は生きている」人の総数は、最低の計算でも数十人、最高の計算で数千人、恐らく数百人に及ぶのではないか、という推計が成立する。

今の日本には、沢山の行方不明者やらホームレスやら行旅死亡人やらが存在しており(日々生み出されており)、そういうのはみんな、住民基本台帳と齟齬が出ているはずだ。そいう齟齬を一つ一つ修繕するのは、住民基本台帳のメンテナンスとして重要な役所の業務である。日々メンテナンスされてないデータベースなんて意味がない。

不明者の親族(家族)や役所の担当職員はテレビに出させられてこんなことを言っている。

親族:どこに行っているか知らない。○○に居るんじゃないでしょうか。もう○十年も会っていない。

職員:住民基本台帳で死亡登録してなければ年金を支給しています。性善説で対応。個人情報保護の観点で本人面接が困難なことがある。住居地に行ったが本人に会わせてもらえなかった。

不仲であった親族を責めてもしょーがいない(それぞれ人に言えない事情があるのだろう)。取材を受けたある親族においては明らかに年金詐取が疑われる内容だったりするし(取材されて報道後あわてて捜査願を出した親族も居る)…。

そして、役所の職員の発言にいたっては、

・ちゃんと仕事をしてくれよ〜

という内容である。そんなに本人との面接が困難なのか、と思う。役所の職員は民生委員を登場させたがるが、民生委員は無給の奉仕家なのであって、そういう人に責任をおしつけるのは良くない。年金や報償など住民サービスのための所在確認や安否確認や本人面接という重要な業務に責任をもってとりくむのは役所の職員にほかならない。毎月10人程度、年間100人程度の本人面接など、1人で充分できることだし、そう高くない給料でも、それこそ元気な高齢者に頼めばやってくれるだろう。民生委員を有給で雇用して高齢者の確認と面接してもらってもいいし(無給でそこまで要求するのはタダ働きの強要)。そうやって、本人確認と面接を定期的にやっていれば、年金や報償の不正受給は減るし、住民登録内容の更新も滞らないだろう。そういう、ふつーの仕事を役所はやってない、ということが今回のニュースで明らかになったのだと思う。

実は、今日の個人情報保護法のもとでも、本人確認は執拗に行なわれている。近年は、特に執拗になってきたと思う。先日も、たかが携帯電話の契約で、本人が目の前に居るのにもかかわらず、執拗な本人確認であった。免許証までコピーされ、これでは個人情報の保護もへったくれもないと思った。銀行口座開設のときも同様に執拗な本人確認である。民間でこれだけ本人確認がふつーに行なわれているのに、役所ができていない、というのは怠慢にほかならない

http://www.asahi.com/national/update/0804/TKY201008040083.html
総務省などによると、自治体による住民の安否確認は「届け出」がもとになっている。自治体は、住民が適切に届け出をするとの“性善説”にたって戸籍や住民基本台帳を管理し、給付金などの行政サービスを提供する根拠にしている。「死亡届」が役所に提出されなければ、戸籍や台帳上では生きていることになり、行政サービスも提供され続けることになるのだ。

↑そんなアホなですよ。行政サービスを提供する際には本人確認を前提にしてくださいよ。そんなの当たり前だと思ってた。本人確認しなければ、詐取(不正受給)しほーだいじゃないですか。いままで、そんな杜撰な行政をやってたわけだ。何が「性善説」だよ。「性善説」を、こういう怠慢な仕事ぶりの言い訳に使っちゃ駄目だよ。けしからんね。

先にも書いたけど、「死亡届」の無い不明者やら死亡人っていうのは、今の日本では珍しくはなく日常である。みなさん、からだに鎖(今ならGPS発信機かな)をつけて生きているわけじゃないんだよ。奴隷じゃなくて自由人なんだよ。国から監視されているわけじゃないんだよ。戸籍や住民基本台帳のメンテを、役人が本人捜して面接してしっかりやればいいんだよ。疑義があれば住民データベースにフラグ立てておけばいいんだよ。フラグが立っている人には、行政サービスでお金出しちゃいかんよ。だって、安否が確認できてないんだからさ。ちゃんと仕事やれつーの。なんのために高い金(税金)使って、住民基本台帳(住基ネット)を維持してるの?この程度のことに使えないなら、使い物にならないシステムだよ。ちゃんとやってね。
| tomokazu2006 | 23:58 | - | - |
高校生男子はコートを着ない 
http://www.asahi.com/national/update/0310/TKY201003100491_01.html
秋田の男子高生、なぜコート着ない 疑問ぶつけると…
2010年3月11日4時15分
女子生徒はどう見ているのか。秋田駅付近で秋田市の高校に通う2年生のカップルに聞いた。紺のダッフルコートに身を包む彼女は「確かに制服にコートは似合わないかも」と、学ラン姿の彼氏を見つめた。彼氏はマフラーを巻いているが、やはり寒そうだ。制服の下にジャージーやパーカを着ることもあるという。記者が「彼氏が風邪ひいちゃうよ」と言うと、彼女は「こうすれば大丈夫」と笑って、彼氏の手をとり自分のコートのポケットに入れた。(田中祐也)

おいおい(笑い)。
| tomokazu2006 | 20:01 | - | - |
無縁死
NHKスペシャル「無縁社会〜“無縁死”3万2千人の衝撃〜」をテレビにて見る。

http://www.television.co.jp/programlist/detail.php?id=1000030370-378-1190-1264939200-1264942800&ref=recommendation
NHKが全国1776の自治体に調査したところ、無縁死とされた死者は一昨年だけで3万2000人に上ることが分かった。なぜ誰にも知られずに亡くなり、引き取り手もないまま埋葬される人が増えているのか、その背景を取材すると、日本が“無縁社会”に突入している実態が浮かび上がってきた。

・親族による遺体(遺骨)の引き取り拒否(親戚が墓に入れてくれない)。
・(独居老人)死んだことに遠地の身内が気が付かない(何度も留守電)。
・生涯未婚(子供は無く、両親は亡くなり、親戚は疎遠)→墓地や葬儀を生前に契約しておく。
・熟年離婚(妻と子供と離縁)、精神的に患っている。

番組の最後で、わが子を交通事故で失った孤独な独居老人と近所の幼い姉妹との交流が描かれる。ショックでまったく外出しなくなった独居老人の心の扉を幼い姉妹がこじ開ける。この鬱な老人は少女との交流がきっかけとなり無縁死を免れる。縁が再生されたのである。子供って、いいよね、純真無垢だよね。まるで、清潔な絆創膏のようだよね。

一人暮らしの住民が亡くなり、遺体の引き取り手が現れない場合、警察や役所や病院の関係者が、身寄りを探す仕事をせずに、安易に「行旅死亡人(こうりょしぼうにん)」として処理(官報に掲載)してしまうケースを番組冒頭で紹介している。NHK取材班が住居先の大家や勤務先をあたると、名前や元住所や出身地や同窓生が判明する。本来、公的機関が調査すべきものだと思うが、忙しいのか…やりたくないのか…。で、年間、3万2000人が「無縁死」として、自治体で処理されていると。

http://theoria.s284.xrea.com/corpse/
行旅死亡人データベース
官報掲載の行旅死亡人を纏めたものです。2005年1月〜。

なんで遺体や遺骨を引き取りにこないのだ!と憤っておられる人も少なくないと思うが、その後のことを考えると、遺骨を引き受けるというのは、実は、簡単ではない。引き受けるのに、ある種の覚悟を必要とする。安易な気持ちではできない。一口に「供養」(くよう)というが、お墓を探し、和尚さんに御霊(みたま)を入れてもらい、法要と墓参と清掃を定期的に行なうのが「供養」なのである。ちゃんと供養されない亡骸(なきがら)は悪霊となってずっと漂って永遠に成仏しない…というのは迷信かもしれないが、多くの人が気にする事柄である。葬式も墓も墓参も不要とし、海に散骨するなどの新時代的な「供養」も行なわれているが、未だ国内では一般的ではなく、「そんなことをすると成仏せずに悪霊となって漂い祟りが…」などという言説が今もって無くなることはない。

引き受けてが無い場合、結局、公的機関は、業者さんに後片付けしてもらい、業者さんに遺体を焼いてもらい、業者さんに遺骨を引き取ってもらい、無縁仏として宗教法人が供養することになる。でも、これって、「そんなことをすると成仏せずに悪霊となって漂い祟りが…」という呪いは本当に解除されるのか?

ことほどさように、「遺骨を引き取る」「墓のめんどうをみる」というのは、それなりに覚悟が必要なのであり、身内だからと言って、「はいそうですか」と安易に引き受ける性質のものではないことも確かである。

そんなことをすると成仏せずに悪霊となって漂い祟りが…。くわばら、くわばら…。
| tomokazu2006 | 23:14 | - | - |

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