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「サイレント・テロ」あるいは「サイレント・レジスタンス」
無気力、少子、無労働、引きこもり、ニート、節約生活、無言、無行動…。体制に対しての反発が、こういう形で出てきている今日の日本。「サイレント・テロ」とか「サイレント・レジスタンス」と言われている。

昭和時代(1926-1989)を概観してみても、1930年代の2.26事件、40年代の反戦活動、50年代の火炎瓶闘争、60年代の安保闘争、70年代の大学紛争、80年代の新左翼運動…。このような中途半端な規模での暴力闘争は、時の権力によってことごとく潰されてきた。その時々の闘争は、多少の成果を残したとしても、体制を変えたと総括することはできず、闘争そして弾圧を経た後における無力感の巨壁が目立つだけであった。

※1945年の米軍という最大暴力機構によってもたらされた敗戦は、日本における体制の変更を強いたが「国体」(天皇制)は護持された。

そのような歴史に学んだ今日の世代は、暴力闘争ひいては闘争そのものに将来を期待をしなくなった。その結果なのだという、今日の「サイレント・テロ」とか「サイレント・レジスタンス」というのは。そういう意味では、時代時代には流行りの「闘争スタイル」があって、時代に応じて確かに闘争しているのだろう。そういうものも、マルクスの言う階級闘争と見るのかどうかは勝手だが、形態はいろいろであれ、あれも確かに闘争だ、と考えれば「歴史は闘争で繋げられる」という歴史観もそれなりに説得力を持つ。

しかし、サイレントなことが闘争でありテロでありレジスタントとあるという時代認識は、やはり、情報戦の肥大化がなせることのように思う。つまり、(インター)ネットの発達が闘争の質と形を変えたのだろう。また、核兵器の増大がその使用を抑制せざるをえない、すなわち武器使用自粛という人類的知恵が効力をまだ保っている、ということなのだろう。

そして、ここに至って思うのだけど、日本の1920年代から40年代における治安法下での反体制活動というのが、「サイレント・テロ」とか「サイレント・レジスタンス」と言えなくもない。ということは、その当時の闘争戦術や闘争総括などを学習するとなにかが分かるような気がする。治安維持法下での戦争反対とか天皇制打倒というメッセージは、いかにして……だったのかという問題意識である。
| tomokazu2006 | 21:08 | - | - |
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