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ウィルスとバイラルマーケッティング
バイラルマーケティング(viral marketing)と称してウィルス(virus)を撒き散らすことが勘違いで迷惑だということは僕にも分かる。従来、日本語でビールス、ウィルス、バイラスと表記されてきた言葉は、英語で表記するとvirusである。そしてvirus(ウィルス)の形容詞がviral(ウィルス性)である。近年、バイラルと書かれている言葉は、「ウィルス的」あるいは「ウィルス性」と翻訳されうるということです。

パーミッション・マーケティングの提唱者であるセス・ゴーディン(Seth Godin)は、『Unleashing the Ideavirus』(2000年)という著書でバイラル・マーケティングを推奨したが、日本ではその訳書タイトルが『バイラルマーケティング』であったため、「バイラルマーケティング」という日本語が近年流行っている。そもそのこの「流行」という現象がウィルスを想起させる言葉ではある。

英語virusを、各国ネイティブに発音してもらうと、英語はヴァーラス、ドイツ語ではヴィルス、フランス語ではウィルスという片仮名表記に近い発音になるらしい。ラテン語でもvirusと表記して、発音はウィルスに近いということだ。

ということで、片仮名表記だとラテン語がウィルスで、ドイツ語がビールス(ヴィルス)で、英語がバイラス(ヴァーラス)ということになる。

virusという言葉を、ビールス・ウィルス・バイラスと表記を分けることで意味の違いを表現することも可能となる(日本語において)。すなわち、悪者をウィルスと表現し、良者をバイラスと表現するのである。

バイラルマーケティングにおけるコンピュターバイラスあるいはネットバイラスの利用法

などという見出しにも、今後は違和感がなくなるのかもしれない。

口コミによるバイラスの伝播と感染

みたいな…。「人口に膾炙する」(じんこうにかいしゃする)みたいな…。

ウィルスマーケティングにおけるコンピュターウィルスあるいはネットウィルスの利用法

と書くと、違和感が増してくるという…。
| tomokazu2006 | 20:37 | - | - |
強い自己愛と根拠なき万能感
「強い自己愛と根拠なき万能感」という言葉を見つける。最近の若者に多いそうだ。「自己愛」と「万能感」というのは、やや難しく感じる言葉だと思うが、「わがままで無責任」とは、どう違うのだろうか? 「わがままで無責任」な人というのは、若者に限らずいっぱいいて、たぶん、僕のその部類だと思う。

「○○ちゃんはやれば出来るんだよね」と言われて育った子供は多いと思うが、「俺はやれば何だってできる」っていうのが「根拠なき万能感」ってやつかね。で、やってみてできなかったら「できなかった原因は俺にはない」と思ってしまうのが「自己愛」ってやつですかね。やはり、要するに、「わがままで無責任」ってことですよね。
| tomokazu2006 | 20:16 | - | - |
Identity
identity(アイデンティティ)の訳語

辞書編纂家 菊地義明 氏

http://www.fellow-academy.com/fellow/magazine/userMailMagazineView.do?deliveryId=45
著書の『例解ビジネス英語キーワード辞典』では、例えばidentityという単語につ
いて、「アイデンティティ、身元、正体、素性、身分証明、本質、本人、自分自身、
己(おのれ)自身、自己認識、個性、独自性、主体性、同一、同一性、自己同一性、
一致、帰属意識、伝統、類似、類似例、民族性、国民性」と、これだけの訳語を載せ
ています。なぜここまでするかといえば、翻訳者のためです。

「個性、自分らしさ」などと解釈するむきもあるが、「正体、素性」あたりがしっくりくる文脈も多い。「自分が自分であること」「自我」というのは、意味がかえって分かりにくくなる。

ちなみに、自己同一性self identityで、解離性同一性障害はdissociative identity disorder(DID)で、性同一性障害はgender identity disorder(GID)である。紛らわしい言葉にpersonality(人格)というのがあって、多重人格障害(multiple personality disorder, MPD)という使われ方をしている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%90%8C%E4%B8%80%E6%80%A7
自己同一性(self identity)は、エリク・エリクソン(E・H・Erikson、1902年-1994年)による言葉である。エリクソン自身が、その生涯を通して自らのアイデンティティーに悩んだことから、生み出されたとされている。ローレンス・J・フリードマン著『エリクソンの人生』によると、エリクソンはユダヤ系の母親の初婚の相手との間の子で金髪碧眼であり、再婚相手のドイツ人医師の風貌とは似ても似つかない容姿であった。そのために自らのアイデンティティに悩んだという。実は、母の初婚の相手との結婚生活はごく短期間で、エリクソンはその間の母親の不倫相手との間の子どもであったらしい。実の父は写真家であったらしいが、エリクソンの晩年に至るまで存命だった母親は、終生ことの真相を明らかにしなかったという。自分は誰で、どこにその存在の根を持っているのかという疑問が、彼の自らの心の探求の原点になった。

エリクソンのこの例だと、自己同一性は、出自、素性(すじょう)、正体というような意味がしっくりくる。

ところで、
素性を「すじょう」と読めば、personal background(家柄、血筋)のことで、
素性を「そせい」と読めば、feature(属性)のことだ、
という論がある。「そじょう」とは読まない。
| tomokazu2006 | 21:42 | - | - |
未曽有のふりがな
日本の総理大臣。彼の発言中での漢字の読みかたがおかしいということをマスコミが報道している。「小学生でも正しく読めるのに…、恥ずかしい…」と嘆く人も居る。インターネットで調べてみると彼の発音は

未曽有を「みぞゆう」あるいは「みぞうゆう」
踏襲を「ふしゅう」
頻繁を「はんざつ」
詳細を「ようさい」
措置を「しょち」
物見遊山を「ものみゆうざん」
思惑を「しわく」
世帯を「しょたい」

なんだそうだ。YouTubeでは、彼が国会で実際にそのように読んでいる動画を見ることができる。あはは、だな。頻繁(ひんぱん)と煩雑(はんざつ)を間違えてやんの。踏は「ふむ」と訓読みするんで、踏襲は「ふしゅう」というわけだな。こういう読みかたは「湯桶(ゆとう)読み」と同様だけど、「ふしゅう」っていうのは聞いたことないな(間違った読み方なんだろうけどさ)。こういう、人の上に立って日ごろ偉そうなことを言っている人が漢字をまともに読めないというのは、恥ずかしさや情けなさを通り越して愉快ですらあるな。自民党も、もう、こんなのしか残ってないのかよ、みたいなね。僕も書いてて良く間違えるけど、残念ながら僕は総理大臣じゃないので、間違えてもどってことないんだよね。屁の河童。

http://blog.tatsuru.com/2008/11/20_1132.php
彼が小学生の頃から60年ほど、自分の知らない言葉を耳にしたときに「これは私の知らない言葉だが、どういう意味なのだろう?」と考えて辞書を引くという習慣をもたなかった子どもであったと推察して過たない。

おお!60年間“辞書を引かない子ども”だったと推察。

「過たない」の読みは「あやまたない」です。「過つ(あやまつ)」の活用形です。インターネット上の辞書を引いて知りました。内田樹、さらに続ける。

どうして、知らない言葉の意味を考えなかったかというと、「自分が知らないことは、知る価値のないことだ」というふうに推理したからである。「無知」というのはそのような自分の知力についての過大評価によって構造化されている。「人の話を聴かない人間」は他人の話のなかの「自分にわかるところ」だけをつまみ食いし、「自分にわからないところ」は「知る価値のないたわごと」であると切り捨てて、自分の聞き落としを合理化している。けれども、それでは「危機的状況」は乗り越えることができない。「危機的」というのはふつう「自分に理解できないこと」が前面にせり出してきて、それが私たちの社会の秩序を根底的に壊乱させつつあるような事態のことだからである。(中略)このようなコミュニケーション感度の低い政治家をあとどれくらいの期間私たちは宰相としていただかねばならぬのであろう。

漢字の読みを誤ったばかりにここまで書かれてしまう総理大臣って…。

追記:2008.12.5
上杉隆はこんなことを書いている。
http://diamond.jp/series/uesugi/10056/?page=2
任免権を持っている首相に対して、閣僚が敬意を払わないという事態は、周囲でそれを見ている秘書官、官僚、官邸スタッフにまで伝播する。その結果、官邸と霞が関にも弛緩した空気が流れるようになってしまったのだ。今回、麻生官邸では、漢字の読みという些細な出来事から同じような状況が発生するようになっている。ただ深刻なのは、麻生首相への敬意を失ってしまった3人の閣僚が、鳩山邦夫、中川昭一、与謝野馨という最側近の大臣たちだということだ。3人に共通しているのは、受験戦争の勝者でもある東京大学卒業という点だ。東大受験組からすれば、あの程度の漢字すら読めないというのは、敬意を失うに十分な根拠となるのである。

だそうです。

ところで、未曽有を「みぞゆう」あるいは「みぞうゆう」あるいは「みぞうう」と書いたら駄目なのだろうか? 読みじゃなくて仮名遣いのことなんだけど…。でも、辞書には発音のことが書いてあるね。未曽有の発音にはいくつかあるみたいで、『三省堂国語辞典』(3版)はこう書いている。

『三省堂国語辞典』(3版)
みぞう[未曾有]…「ミゾー」「ミゾーウ」とも発音する。「みぞゆう」はあやまり。

「とも発音する」と書いてあるので、見出しと合わせると『三国』は、「ミゾウ」「ミゾー」「ミゾーウ」の発音を認めていることになる。発音を片仮名表記している『角川新国語辞典』は「ミゾー」と表記している。『新明解国語』(4版)の表記は「みぞオ」である。『新明解』の「みぞオ」という表記は「ミゾー」と同じ発音を表現しており「ミゾオ」という発音を意味しては無いと思う(『新明解』の表記は誤解を招く)。しかし、発音を仮名で表記すると誤解の元なんだよね。

『三省堂国語辞典』6版は、片仮名表記の部分を3版と変えている。

『三省堂国語辞典』(6版)
みぞう[未曾有]…「ミゾー」「ミゾーウ」とも発音する。「ミゾユー」はあやまり。

「みぞゆう」を「ミゾユー」に変更している。この部分は発音を表現したいので、「ミゾー」「ミゾーウ」に合わせて、「みぞゆう」という振り仮名表記を片仮名棒引き表記に変えのだろう。たぶん、「ミゾユウ」も「あやまり」と言いたいのだろうね。見出しの「みぞう」をなぞった「ミゾウ」はよいんだろうね。

○:みぞう、ミゾウ、ミゾー、ミゾーウ
×:みぞゆう、ミゾユウ、ミゾユー

ミゾオ、ミゾウオ、ミゾウウ、ミゾオオ、ミゾーオはどうなんだろうか? 振り仮名および発音で。いずれにせよ、発音を「現代仮名遣い」で表現するのは誤解の元だ。

「ミゾウウ」と書いてどう発音しますか?「ミ・ゾウ・ウ」と「ミゾ・ウウ」で発音が違いませんか?「ミ・ゾウ・ウ」は「ミゾーウ」に近くないですか?「ミゾ・ウウ」は「ミゾウウ」に近いですね。ということは、「ミゾウウ」と書いちゃうと、「ミゾーウ」じゃなくて、「ミゾ・ウウ」って読んじゃう人が多い?あるいは、「ミゾ・ウウ」は「ミゾ・ウー」と読む人がいたりする?中黒「・」のあるなしで発音が変わっちゃう表記というのもなんだかね。仮名は、まあ、発音音記号じゃないんで、発音を仮名で表すと変なことになるんですよ。

「ミゾオオ」と書いてどう発音しますか?「ミゾー・オ」?「ミゾ・オオ」?「ミゾ・オー」?「ミゾーー」?。

「覆う」「背負う」「奥羽」は、自分の発音を仮名で表記すると、「おおう」「せおう」「おーう」(あるいは「おくう」)と書くけど、この仮名で書いたものを発音すると「オーウ」「オオー」、「セオー」「セオオ」、「オオウ」「オウウ」「オクー」に近いようになってしまいませんかぁ〜。

いや、もう、書いてて笑っちゃいますよ、ほんと。

古い辞書での表記については、インターネットでは次の情報が見つかった。

『日葡辞書』:「Mizou」(oの上には長音であることを示す補助記号あり)、「ミゾーウ」と発音か。
『和英語林集成』(3版):「Mizo」(oの上には長音であることを示す補助記号あり)、「ミゾー」と発音か。
『言海』:「みぞう」の見出し。
『明解国語辞典』(改訂版):「みぞお」の見出し。仮名づかいは「ミゾウ」の表記。

曽の読みを「そう」と書くものに以下のものなどがある:
曽祖父 曽子
曽の読みを「そ」と書くものに以下のものなどがある:
木曽 中曽根
有の読みを「ゆう」と書くものに以下のものなどがある:
所有 共有 国有 含有 占有 現有 実有
有の読みを「う」と書くものに以下のものなどがある:
稀有、(以下仏教用語)幻有 仮有 三有 四有 二十五有

現代仮名遣いではオ行長音は「う」で書くことが原則だが「お」と書くときもある。

総理 そうり ソーリ
道理 どうり ドーリ
通り とおり トーリ
氷 こおり コーリ

ということは、「みぞうう」や「みぞおう」と書いて「ミゾーウ」と発音してもいいわけだ(ただし曽の音(おん)は「そう」と書いて「そお」「そほ」とは書かない<字音仮名遣い>)。ところで、未曽有を「ミゾーオ」と発音している人は居ませんか? この発音を平仮名で表記(仮名遣い)すると「みぞうお」か「みぞお」ですね。でも「有」の字音を「お」「オ」と表記するのは間違いですよね。ということは『新明解』が発音を表す特別な表記であっても「みぞオ」と表記しているのは混乱の元ですね。

大きい王様 おおきいおうさま オーキイオーサマ
でも、王様って「オーサマ」や「オウサマ」じゃなくて「オオサマ」と書いたり発音したりしている人がいますよね。王の字音仮名遣いはオウ(ワウ)でオオじゃないんです。でも、オーじゃなてオオと発音している人が居ると…。それを間違いだと切り捨てていいのか?ってこと。これが表記ウをオと発音する例だったりして。同様に、「みぞう」あるいは「みぞうう」という表記をミゾーやミゾーウじゃなくてミゾオとかミゾーオと発音しているとか…。

http://www.google.co.jp/
"おおさま"に一致する日本語のページ約 19,900件
"おうさま"に一致する日本語のページ約 132,000件
"そのとおり"に一致する日本語のページ約2,820,000件
"そのとうり"に一致する日本語のページ約 308,000件

要するに未曽有の発音を片仮名や平仮名で表記するのは難しい、ということだな、結局は。
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| tomokazu2006 | 20:05 | - | - |
漱石の当て字
「美人局」「五月蠅い」と表記すると読めないと文句が出るので、「つつもたせ」「うるさい」と仮名書きすると、なんか感じが違う。「美人局(つつもたせ)」「五月蠅(うるさ)い」と読み仮名を追加するのも、それこそうるさい。「筒持たせ」「煩い」という表記もなんかいまいち。ということで、当て字の使い方もいろいろ思案するところではある

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200710270076.html
直筆「坊っちゃん」 誤字・当て字に味わい
2007年10月27日11時09分
「胡魔化(ごまか)す」や「何でも蚊(か)んでも」、「焼持(やきもち)」「尻持(しりもち)」に「食(く)ひ心棒(しんぼう)」と、漱石の言葉は時に単なる当て字とは言い切れないおもしろさがある。

http://www.happycampus.co.jp/docs/983430739001@hc06/12414/
『漱石新聞小説復刻全集6 彼岸過迄』(夏目金之助著 ゆまに書房 平成十一年九月)を底本とする。
「彼岸過迄に就て」
身體(からだ)・機會(しほ)・原(もと)・仕舞つた(しまつた)・背負された(しょはされた)・先(まづ)・例よりも(いつもよりも)・浪漫派(ろうまんは)・標題(みだし)・一寸(ちょっと)
「風呂の後」
〈第一回〉・反間(へま)・麦酒(ビール)・何時(いつ)・勿體ない(もったいない)・序(ついで)・咽喉(のど)・煙草(たばこ)・凝として(じっとして)・積であつた(つもりであつた)・硝子(がらす)・昨夕(ゆうべ)・羞痒たい(くすぐつたい)・何う(どう)・倦怠さう(だるさう)・矢張り(やつはり)  
〈第二回〉・胡座(あぐら)・間(ひま)・貴方(あなた)・石鹸(しゃぼん)・盆槍(ぼんやり)・勤勉(まめ)・潤かし(ふやかし)・此方(こっち)・何れ(どれ)・斯んな(こんな)・上靴(スリッパー)・午飯(ひる)
〈第三回〉・停車場(ステーション)・歴乎とした(れっきとした)・呉れた(くれた)・可笑しさ(おかしさ)・掩被さつて(おつかぶさつて)・膃肭臍(をっとせい)・安質莫尼(アンチモニー)・盲目(めくら)・臙脂(べに)・白粉(おしろい)
〈第四回〉・浪漫趣味(ロマンチツク)・短銃(ピストル)・剽輕(ひやうきん)・新嘉坡(シンガポール)・護謨(ゴム)・天鷲絨(びらうど)・算盤(そろばん)
〈第五回〉・新亞刺比亜物語(しんアラビアものがたり)・倫敦(ロンドン)・手帛(ハンケチ)・長閑な(のどかな)
〈第六回〉・少時(しはらく)・室(へや)・煉瓦(れんが)・左様ですね(そうですね)・何時でも(いつでも)・兎に角(とにかく)・瓠覆泙掘法Υ待(あて)・浪漫的(ロマンチック)
〈第七回〉・止しませう(よしませう)・熱つてくる(ほてつてくる)・噫(げつぷ)・今日(けふ)・好い加減(いいかげん)・矢つ張り(やつはり)・其方(そつち)・立ち掛た(たちかけた)
〈第八回〉勃として(むつとして)・他(ひと)・先刻(さつき)・天幕(テント)・如何に(いかに)・蝮蛇(まむし)・魚肉(さかな)・獣肉(にく)・精しい(くはしい)・序(ついで)・非酸(ひさん)・蚊帳(かや)
〈第九回〉・非道い(ひどい)・不中用(やくざ)・洋杖(ステツキ)
〈第十回〉・神さん(かみさん)・御音信(おたより

http://blogs.yahoo.co.jp/rrrdx928/16348776.html
草枕』に於ける当て字、難読漢字について
山路 やまみち
寛容て くつろげて
長閑 のどか
寐る ねる
踏み損くなった ふみそくなった
左足 さそく
草臥れる くたびれる
旋風 つむじ
扁舟 へんしゅう……底の平らな小舟
言 ことば
靠垂れ懸って もたれかかって
罩める こめる
温度 ぬくもり
羽搏き はばたき
烟 けむり
歩行出す あるきだす
喞つ かこつ……この場合は嘆くという意味か
濤 なみ
辛防 しんぼう 辛抱
萃める あつめる
焦慮ても あせっても
逡巡い ためらい
難有う ありがとう
翠り みどり
呼吸 いき
適用て あてはめて
気作 きさく
両人 ふたり
揮う ふるう
頭垢 ふけ
蚯蚓 めめず
薩張り さっぱり
倦怠い けったるい
殻切 からっきし
逆せる のぼせる
急勝 せっかち
特勝らしい しおらしい
焦心てえ じれってえ
突然 いきなり
酒唖酒唖 しゃあしゃあ
腥き なまぐさき
確然 しっかり
微温 ぬくもり
篦棒 べらぼう
頭 どたま
一層 ひとしお
源因 げんいん
粘着 ねばり
燕、乙鳥 つばくろ
蹠 あしのうら
劈く つんざく
槽 ふね
煮染む にじむ
幾ど ほとんど
固より もとより
温泉 いでゆ
逼る せまる
眸 ひとみ
舷 ふなばた
蛋白玉 とんぼだま
御白湯 おゆ
寸燐 マッチ
慵げ ものうげ
長え とこしなえ
何日 いくにち
覇王樹 さぼてん
黄瓜 きゅうり
蔓る はびこる
森として しんとして
幾顆でも いくつでも……(みかんが)
往昔 そのかみ
抽く ぬく
首肯う うけがう
掀げる かかげる
号鈴 ベル
蜿蜒る のたくる
余等 われわれ
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| tomokazu2006 | 22:32 | - | - |
「共産」という言葉
「共産」という日本語は、明治以前の日本にはなく、幸徳秋水がマルクス・エンゲルスの「コミュニズム」を日本語訳したのが最初。日本語表現は、幸徳秋水が1903年6月刊行の「社会主義神髄」のなかで、「マニフェスト・オブ・ザ・コミュニスト・パーチ」のルビをつけた「共産党宣言」(1848年2月にドイツで出版)が最初。「共産党宣言」の日本語訳は、幸徳秋水と堺利彦が明治37年(1904年)11月13日の週刊「平民新聞」第53号(創刊1周年記念)に発表したのが最初。徳・堺はマルクス・工ンゲルスの「Manifest der Kommunistischen Partei」の英訳本「MANIFESTO of the COMMUNIST PARTY」を日本語訳した。中国共産党の成立は1921年だが、「共産」の漢字は日本留学生を通じて中国に渡ったようで、日本が発祥地とみてよい。

以上、
http://space.geocities.jp/sazanami_tusin/congress2/22th/discussion/d22_01/d220122.htm
による。

1922年8月22日、「共産党宣言」の中国語訳が上海社会主義研究社から出版された。翻訳したのは、浙江省で国語教師をしていた陳望道。当時29歳の陳望道は、1922年2月「共産党宣言」の日本語訳と英訳本を携えて故郷に戻り、翻訳作業を開始した。約2カ月間を用いて翻訳した後には、陳独秀らが校閲作業を行った。陳独秀は、1921年7月の共産党第1回全国代表大会で、中央局書記に選ばれている。

以上、
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=0822&f=column_0822_001.shtml
による。

| tomokazu2006 | 20:20 | - | - |
「デジタルテレビ」ってちゃんと言えてますか?
ちょっと前から、テレビ番組においてアナウンサーが「デジタル放送」や「デジタルテレビ」と言っているのをよく耳にする。その発音・発声なんだけど、やや早口でしかも滑らかに(噛まずに)言っているように、一応、聞こえる。でも、注意深く聞いてみると、

「デジタル」

というよりは、

「デイタル」

に聞こえることが多いんだよね、僕の耳には。「デジタルテレビ」よりは、「デイタルテービ」のほうが発音表記としては近いように感じる。特に、早口の場合ね。そういう先入観で聞いてみると、どんどん、「デジタルテレビ」から離れて、「デジタルテレビ」って言えてないよね、なんて思えてくるから面白い。

「デイタルテービ」

あはは、ちょっと笑える。都会的な可愛い女の子が、そう発音してるもんね。あるいは、

「データルテービ」「デッタルテッビ」

とかね。
| tomokazu2006 | 22:37 | - | - |
おいしう よろしう、しうしゅう
2を読んでいたら「美味しゅうございます」じゃなくて「美味しうございます」のほうが発音に近い、みたいなことが書いてあった。「美味しうございます」なんて、テレビの料理番組でおばあさんが言っていたくらいにしか思い出せず(僕の周りでは耳にしない)、いわゆる「老人語」かなあと思っている。方言では「どうも、おおきに、よろしうね」とか「あんじょう、よろしう、たのんまっさ」という言い方を関西方面で聞いたことがある。たしか、それも言っていたのは年配の方だったような…。

1.『かなづかい入門―歴史的仮名遣VS現代仮名遣』(白石良夫 2008/6 平凡社新書426)
2.『旧かなづかひで書く日本語』(萩野貞樹 2007/7 幻冬舎新書)
3.『旧字力、旧仮名力』(青木逸平 2005/6 生活人新書)

「おいしゅう」や「よろしゅう」が現代仮名遣で、「おいしう」や「よろしう」が旧仮名遣。僕も、「しう」のほうが実際に発音に近いかなあとは思うけど「仮名遣は発音に忠実に」という方針が過度になると使いにくいものになるので、考え方としては、2で言うように、古い言葉は当時の旧仮名遣で、今の言葉は現代仮名遣で、というのが理屈としては合っていると思う。

そういう意味で、現代仮名遣がはやる前の著作(1950年以前もの)の引用や印刷は、当時の表記を極力崩さぬのが良い。今では、旧字体漢字もかなりのものがパソコンで入力できるようになったので、以前よりは、古い印刷スタイルを受け入れる環境があると思う。

「美味しうございます」「どうも、おおきに、よろしうね」「あんじょう、よろしう、たのんまっさ」については、該当文が標準的な現代文とは違う(文語調であるとか方言であるとか)ということを明示する意図で、現代仮名遣とは違う仮名遣で表記することは意味のあることだと思う。
| tomokazu2006 | 20:41 | - | - |
「使う」と「遣う」
「かなずかい」じゃなくて「かなづかい」だよとか、「仮名使い」じゃなくて「仮名遣い」あるいは「仮名遣」だよとか、もう、ここいらあたりで僕は「むむ?」となってしまうのであります。例の内閣告示は、1946年告示が「現代かなづかい」で1986年告示が「現代仮名遣い」ですよね。この表記の違いが微妙に時勢を感じさせますが、まあ、「現代仮名遣ひ」に遡ることはないと思います。

遣い」と「使い」なんだけど、dictionary.www.infoseek.co.jpで調べてみました。「遣い」は、息遣い、金遣い、気遣い、仮名遣い、心遣い、言葉遣い、遣い物、筆遣いとありました。「上目遣い」は「上目使い」と両方ある。 人形浄瑠璃(古い!)の用語でも「おもづかい」は「主遣い」と「主使い」の両方ある。 www.google.co.jpで調べてみましょう。

"遣い物" 約 29,800件
"使い物" 約 2,070,000件
"お遣い" 約 94,200件
"お使い" 約18,100,000件

ということで、「つかいもの」や「おつかい」は遣よりも使が圧倒的に多い。遣を使う言葉としては、最近は、「派遣社員」というような語句で良くみかけるが、先遣隊、遣唐使など、この字が使われる一般的な用語は多くはないので、なんか馴染みが無いように感じる字ではある。

「かなづかい」については、

"仮名遣" 約47,200件
"仮名使" 約 958件
"仮名遣い" 約165,000件
"仮名使い" 約 8,660件

ということで、「遣」が多いが、

"仮名を遣う " 5件
"仮名を使う "約2,810件
"漢字を遣う "約 312件
"漢字を使う "約202,000件

というふうに「〜をつかう」という形だと、「使」が圧倒的という結果である。このように、「〜づかい」だと「遣」を使っている言葉でも、「〜をつかう」と形になると「使」が使われるというケースが他にも見つかる。

"言葉遣い" 約1,730,000件
"言葉使い" 約 865,000件
"言葉を遣う "約 28,600件
"言葉を使う "約2,210,000件

「言葉」ではなくて「言語」だと、

"言語遣い" 約 71件
"言語使い" 約7,230件

という結果。「言葉」と「言語」で違う結果ですね。また、「筆」だと、

"筆遣い" 約37,800件
"筆使い" 約51,200件

のように使が多い(遣もかなりある)。

「きづかい」ついては、以下のような微妙な件数となっている。うーむ、気は「使う」もんじゃなくて「遣う」ものなんですかね〜(どちらも多い)。

"気遣い" 約3,350,000件
"気使い" 約 98,100件
"気遣う" 約 596,000件
"気使い" 約 97,500件
"気を遣う" 約1,960,000件
"気を使う" 約1,350,000件

似た言葉で「こころづかい」だと、以下。おお、「気使い」より「心使い」のほうが流行りつつある。でも「心遣い」のほうがかなり多い。

"心遣い" 約1,980,000件
"心使い" 約 548,000件

以下のように、「小遣い」なのに「金使い」であるという屈折した結果もある。

"小遣い" 約14,800,000件
"小使い" 約 36,800件

"金遣い" 約183,000件
"金使い" 約209,000件
"金を遣う" 約 20,100件
"金を使う" 約1,440,000件

ちなみに、お金ではなく人だと、

"小遣いさん" 約29,800件
"小使いさん" 約 39件

という結果だが、

"人遣い" 約 10,900件
"人使い" 約122,000件
"人を遣う" 約 2,220件
"人を使う" 約129,000件

とのデータを見ると、人の場合は「小使いさん」が多いかもしれない。

同じ言語でもプラグミング言語だと、

"C言語遣い" 約 0件
"C言語使い" 約2,250件
"C遣い" 約 33件
"C使い" 約12,100件
"Java遣い" 約 145件
"Java使い" 約55,600件

というように、「使」が圧倒している。上記の「言語使い」に通ずるものがあると思います。

国語辞典には、たんに「つかう」のではなく「あやつる」という意味合いを持つ時「遣う」を使うみたいなことが書いてあります。操ると言えば人形ですが、

"人形遣い" 約94,300件
"人形使い" 約95,300件

という結果で、まあ、拮抗してますね。意外にも「使」が多いですね。人形の古い表現である「傀儡」(かいらい・くぐつ)だと、

"傀儡遣い" 約 36件
"傀儡使い" 約1,540件
"くぐつ遣い"  1件
"くぐつ使い" 約119件

ということで、やはり、「使」が多い。それから、動物だとこんな結果。

"象遣い" 約 588件
"象使い" 約33,900件
"ゾウ遣い" 約 143件
"ゾウ使い" 約13,500件

"蛇遣い" 約16,100件
"蛇使い" 約48,000件
"ヘビ遣い" 約 1,050件
"ヘビ使い" 約15,200件

こちらも「使」が圧勝です。こんな調査結果を見ると、もはや、現代語では「仮名使い」「お小使い」「気使い」でええやん、と思ってしまうのですが、でも、

"仮名遣い" 約165,000件
"仮名使い" 約 8,660件
"言葉遣い" 約1,730,000件
"言葉使い" 約 865,000件
"気遣い" 約3,350,000件
"気使い" 約 98,100件
"心遣い" 約1,980,000件
"心使い" 約 548,000件
"小遣い" 約14,800,000件
"小使い" 約 36,800件

というように、一部の言葉と根強く結びついているんですね、「遣」って。
| tomokazu2006 | 20:03 | - | - |
旧仮名遣いと新仮名遣いでの活用形
動詞の活用って学校で習いましたよね。旧仮名遣いと新仮名遣いとで活用が違っているというのも習いました。「思ふ」と「思う」の活用形を書いてみます。括弧内は、活用形に付ける助詞など。

未然形 思は(ない、う)
連用形 思ひ(ます)
終止形 思ふ
連体形 思ふ(とき)
已然形 思へ(ば)
命令形 思へ

未然形 思わ(ない)
連用形 思い(ます)
終止形 思う
連体形 思う(とき)
仮定形 思え(ば)
命令形 思え
未然形 思お(う)

ということで、旧仮名遣いだと「はひふへ」の4段活用なのに、新仮名遣いでは「わいうえお」の5段活用になってしまい、未然形の活用語尾が「わ」と「お」の2種類できてしまうのでした。ちなみに、旧仮名遣いでも仮定形は「思わば」なので、「未然形語幹+ば」で仮定形となる、というのが文語文法です。そうであるなら、旧仮名遣いの活用は、以下のように書いたほうがわかりやすいかも。

未然形 思は(ない、う)
仮定形 思は(ば)
連用形 思ひ(ます)
終止形 思ふ
連体形 思ふ(とき)
已然形 思へ(ば)
命令形 思へ

これを見て、どちらが合理的かというのは、僕は迷いますね。未然形が2種類できてしまうのが気持ち悪いと思うか、わ段の「わ〜お」で5種類の活用を使い切るのが綺麗と思うか、ってなところでしょう。新仮名で未然形が2種類と言いますが、未然形とは違う新しい活用形にしちゃって、活用形は全部で7種類、とするはどうですか?

あるいは、旧仮名遣いでは、なぜ、

未然形 思は(ない)
連用形 思ひ(ます)
終止形 思ふ
連体形 思ふ(とき)
已然形 思へ(ば)
命令形 思へ
未然形 思ほ(う)

ではないのでしょうか? 旧仮名遣いでの「こほり(氷)」は、新仮名遣いだと「こおり」と書きますよね。だから、ほ→おであると…。

もともと、旧仮名遣いでの

未然形 書か(ない、う)
連用形 書き(ます)
終止形 書く
連体形 書く(とき)
已然形 書け(ば)
命令形 書け

が、

未然形 書か(ない)
連用形 書き(ます)
終止形 書く
連体形 書く(とき)
已然形 書け(ば)
命令形 書け
未然形 書こ(う)

でなかったというのが、なんか綺麗でないと僕は思ったりするんですけど…。だって、50音図からすれば、4段活用より5段活用のほうがパーフェクト感があるじゃないですか…。稠密度というか充填度で充満してるみたいなね。つまり、全部使っている感。これは、平仮名に対して、僕が、表音文字的なスタンスをとるからなんでしょうね。50音図というのは、活用表と言うより、発音表ですしね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E6%AE%B5%E6%B4%BB%E7%94%A8
日本語動詞の活用の種類
文語      口語

四段活用
ナ行変格活用
ラ行変格活用
下一段活用   五段活用

下二段活用   下一段活用

上一段活用
上二段活用   上一段活用

   カ行変格活用
   サ行変格活用

という表を見ると、口語(新仮名遣い)の活用のほうが整理されて(8種類の活用形が5種類に整理されている)、すっきりしていて合理的に見えるんですけど…。
| tomokazu2006 | 20:07 | - | - |

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